あいにさらさら こがねにさらさら
痛いところはぴんぽんぱちんと
向かいのお山さ 飛んでけ! ふっ!!
ちょっとぶつけてしまって、大人から見れば怪我というほどでもないのだけど、
なんだか気持ちが立ち直れない…そんな時はこの呪文の出番です。
「“あいにさらさら”する?」と聞くと、
「うん。」
目に涙を浮かべ力なくうなずいていた子も、長い呪文に気を取られ、
「ふっ!!」と飛んでいく頃には、お空に飛んで行った“痛いの”を目で追いかけるのに夢中になって痛みはすっかり忘れている、という良く効く呪文です。
初めは私が一人で本当に空に飛んで行ったかのように視線を動かしていたのですが、
子どもたちもそれを目で追うようになり、指差しを始め、今や俳優並みの演技力!
上を見上げて目でしばらく追って見せる子。
「あっち!」と空高くを伸びあがって指さす子。
隣の部屋を指さして、「お隣に行っちゃった?」の問いに
大真面目に「うん。」とうなずく子。
0歳児クラス、実年齢1歳といえども真似る力と想像力はあなどれません(笑)
「“あいにさらさら”してる!」と気づくと周りの子もすぐに加わり、
みんなで“痛いのが飛んで行ったごっこ”をするのが一つの遊びになっています。
以前1歳児クラスにいたTくんは、ある日飛んで行った“痛いの”をつまんで「パクッ!」
なんと食べてしまったのです!!
みんなびっくり。その後大笑い!
それからは痛いのは飛ばして食べる!というのが流行り、
クラス中みんな競って空中の“痛いの”をパクっと食べ、とさらなる楽しみを見つけていました。
子どもの発想の豊かさに驚かされた思い出もあるわらべうたです。
そんなTくんも今は小学一年生。きっとその発想力で今も周りのお友達を笑わせているのではと時々楽しく想像します。
そしてそのユーモアセンスが成長と共に大きく広がって、たくさんのユーモアを持った大人たちが増えるといいなあ、そんな人たちばかりの世の中はきっと平和だろうと、小さな期待をするのです。
小さな人たちの育ちにそんな願いもそっと込めてわらべうたを歌いたいと思っています。
ここまでの文章を書いた時、ロシアのウクライナ侵攻はまだ現実のものではありませんでした。
現実に戦争という事態を迎えて、そっと平和を願うくらいでいいのだろうかと自問しています。
何か問題が起こった時、「戦う」以外の解決方法を、俯瞰し、周りを巻き込んで相談して決められる人間で自分もあらねばならないし、きちんとそのように考えられる人に子どもたちを育てなければならない。
このことはずっと心にとめていきたいと思っています。
(sayo‐A)